東日本大震災より6年

久々の投稿になります、くまカフェ号の中の人です。忌わしい震災より6年がたちました。

 

 

 

 

震災により多くの命や生活が奪われました、私の身の回りの6年で一番悔やまれる出来事、私の甥について

身内は最後にと思い、福島に残る甥と家族に何もしてやることが出来ていませんでした。

まず、甥の妹が6年前の10日から11日の間に何者かに殺害されました。その後最悪のタイミングで津波がやってきて

遺体が流され捜査も難航し未だ解決していません。その後震災処理のため甥は家にほとんど帰らず、

被災した自動車の解体処理業に従事し休みもほとんど無しで働き、久々に家に帰るとなにか異変を感じ、

妻に問いただすと寂しさのあまりホストに500万円つぎ込み貯金をすべて使ってしまっていた。

その後甥は自分で買った家を出て離婚、やっと生活を立て直し素敵な彼女にもめぐり合えた。

震災より5年が終わろうとしている11月、友人の結婚式の帰りに迎えに来た彼女、その車に車が激突

車外にいた甥は相手の車に50M引きずられ2時間後死亡した。

甥の彼女は血だらけの甥を抱きかかえ、悲痛な叫び声が夜の相馬の町に響いた。

 

いつか北海道で一緒に仕事が出来ればと、住む家と土地、小さな整備工場を用意した。

(今年はくまカフェ号で福島へ)そんな計画は夢と消え去ってしまった。

震災がなければ、私がもう少し早く彼を訪ねていれば、彼は元気にそして別の人生もあったのだろう。

福島行きが、まさか甥の葬儀になってしまうとは。

震災後に人生を翻ろうされた方々も沢山いるとおもいます。

どうか逆境に負けず生きて、生きてほしい。

そして生きたあなたに黄色いバスの美味しい珈琲を飲んでほしいのです。

エプロンをしたクマが店長なのです。

 

 

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